外洋域の微生物に備わるヒ素耐性

太平洋亜熱帯海域におけるリン、ヒ素の分布と微生物動態に関する論文”Arsenate and microbial dynamics in different phosphorus regimes of the subtropical Pacific Ocean.” がProgress in Oceanography誌にてオンラインリリースされました。東京海洋大学の橋濱先生の研究グループとの共同研究です。

北太平洋亜熱帯海域の西部では活発な窒素固定により、表層海水中のリン酸塩が消費され枯渇状態にあります。そうした海域の微生物にはヒ素耐性に関わる遺伝子がより多く備わっていることがわかりました。ヒ素取込みの影響を回避するための適応の結果と考えられます。ダストによる鉄供給が左右する窒素固定活性が、海域間での化学成分の違いにつながり、さらに微生物機能の違いにまで影響しているようです。地球環境と海洋の生物活動が密接にリンクしていることを示唆する好例だと思います。

日本地球惑星科学連合2019大会 & “GEOFUT 19”

今週は、幕張メッセで日曜日から木曜日まで開催れていた日本地球惑星科学連合(JpGU)の大会に参加してきました。JpGUは地球惑星科学関係の国内学会が集まって組織された連合組織です。自ら公益団体として春の大会運営やニュースレター、科学雑誌の発行を行っており、学問の細分化で多くの学会組織が乱立する状況でこれらを統合する組織として設立、運営され、大きな成功を収めている例だと思います。

私が所属している日本海洋学会も、2年ほど前から春と秋の2回の年次大会のうち春の大会はJpGUに合流する形で実施しています。私としては、生物系の発表が減ったのは残念なのですが、一方で大気化学やエアロゾルに関するセッションにも参加できるので非常にメリットを感じます。また、大会規模が大きいため、ポスターフロアーで展開されている企業展示やアウトリーチがとても充実しており、お祭り気分で楽しくうろうろできるのも魅力です。

水曜日の夜は、ポスドクの菅井くんと一緒に大会参加者向けのフットサルイベントGEOFUT 19に参加してきました。チームでも個人でも参加できるのですが、昨年と同じく海洋学会チーム「Oceanographers」でエントリーしました。女子とおじさんは得点すると2点なので、張り切って参加しましたが、残念ながらおじさんは得点できませんでした。それでも、女子が得点も含めた大活躍で、最終的には1勝2敗2分で終了しました。終了時間が遅かったので、みんなと一緒に飲みに行けなかったのが残念ですが、楽しいイベントでした。秋は、富山での大会なので、しっかり準備して(もちろん発表の)、サッカー好きメンバーとの再会を期したいと思います。

アンモニア酸化古細菌Shallow Marine Cladeの意外な分布

駿河湾におけるアンモニア酸化古細菌(AOA)の鉛直分布を調べた論文が公開されました。主著者は元特任研究員の伊知地稔博士です。アンモニア酸化に関わるamoA遺伝子をマーカーにして、qPCR法で計数したDeep Marine clade(DMC)とShallow Marine clade(SMC)の2つのエコタイプの特徴的な分布を報告しています。

アンモニア酸化古細菌は、海洋における硝化過程を担う鍵生物群ですが、日本周辺海域でその分布をきちんと調べた例はほとんどありません。そうした意味で貴重なデータですが、加えてフィルターによるサイズ分画によってAOAの多くは粒子付着性ではなく自由生活性であることを明らかにしています。また、一般にSMCとDMCは、そのネーミングの通りそれぞれ表層と中深層ではっきりとした住み分けが見られ、この論文でも自由生活性群集でその傾向が綺麗に見えています。面白いのは、粒子付着性群集のパターンです。SMCの割合が中深層でもそれほど低下せずDMCと同程度の割合を保っています。これは、粒子に付着したまま表層から運ばれている、あるいは中深層でも粒子中はアンモニア濃度が高いなどの理由でSMCが生残できるニッチとなっているといった理由が考えられます。粒子付着性AOAは数的にはマイナーですが、もっと詳しく調べると、これまで知られているAOAとは違った特徴が見えるかもしれません。次の研究の種が示されています。

Minoru Ijichi, Hajime Itoh and Koji Hamasaki (2019) “Vertical distribution of particle‑associated and free‑living  ammonia‑oxidizing archaea in Suruga Bay, a deep coastal embayment of Japan” Archives of Microbiology (https://doi.org/10.1007/s00203-019-01680-6)

論文へのリンクはこちら

本論文の観測に利用した淡青丸
淡青丸船内の研究室

11th ASME in 台中

超大型GW明けの週末5/11-13に、台湾の台中市で開催された第11回アジア微生物生態シンポジウム(11th Asian Symposium on Microbial Ecology)に参加してきました。このシンポジウムは、日本微生物生態学会、台湾微生物生態学会、韓国微生物学会が中心となり、それぞれの学会員間の交流を促進するために毎年開催されています。木暮先生が日本微生物生態学会会長を務められ、私たちの研究室で事務局を担当していた10年前に日韓でスタートし、その後台湾を加えて、それぞれの年会開催に合わせて順番に開催してきました。今回は、マレーシア、ベトナム、香港、シンガポールなどからも参加者があり、次回はさらに多くのアジアの国々から参加者が集まることを期待しています。

微生物生態学は、環境と微生物の関わりを探求する学問ですが、アジアにはたくさんの固有の環境や文化があり、そこに新しい発見が生まれる素地があるはずです。新しい技術を求めて欧米の国際学会に参加するだけでなく、ユニークな環境や文化を求めてアジアの国際学会に参加することによって、研究の新たな方向性や予期せぬ展開が生まれるチャンスがあるのではないかと思います。今回の招待講演などでも、漢方薬と腸内細菌の関係、水田の窒素循環やメタン生成、台湾の石灰藻リーフ生態系、日韓の山岳地に生息する線虫多様性など、アジアの環境や文化を対象とした研究が多くありました。

会場となったのは台中市の東海大学です。ミッション系の私立大学で、附属の中学校や高校も併設されており、緑豊かな美しいキャンパスでした。キャンパスの中心部には、素敵な造形の教会があり、学会前の早朝にのぞいたらミサの準備が行われているところでした。また、宿泊したホテルの近くには、市庁舎や芸術劇場、大型百貨店などがあり、その周辺地区は再開発が進められいるようで、高層マンションが林立していて台中市の発展ぶりが伺われました。

Opening ceremony
東海大学キャンパス
東海大学キャンパス
東海大学のキャンパス内にある路思義教堂(The Luce Chapel)
第二市場の食堂
台湾のウユニ塩湖「高美湿地」
台湾高速鉄道(のぞみ台湾バージョン)

SOLAS Open Science Conference in Sapporo

北海道大学で開催された国際会議に参加してきました。SOLAS:The Surface Ocean–Lower Atmosphere Studyは、大気と海洋間の物理・化学・生物プロセスに関する研究を推進するための国際プログラムで、3年に1回くらいの頻度で国際会議が開催されています。今回は初めての日本開催として北大札幌キャンパスで開催されました。科研費プロジェクト「海表面マイクロ層とエアロゾルの微生物学」の成果がまとまってきましたので、その一部を発表してきました。

https://www.confmanager.com/main.cfm?cid=2778

波の花@能登半島曽々木海岸

昨年末に「波の花」のサンプリングに行ってきました。

冬の日本海沿岸部では、風の強い日に、荒波で生じる泡がいつまでも消えずに残り、岩場などに大量に積み重なることがあります。これらの大量発生した泡は、「波の花」と呼ばれ、日本海の冬の風物詩として知られています。海水中に生じる泡は、海面まで上昇すると通常はすぐに弾けてしまいますが、水中に界面活性を増加させるような物質が溶けていると泡が消えずに残りやすくなります。また、水温が低下すると水の粘性が増加するためやはり泡が消えにくくなります。「波の花」は、冬の風物詩として良く知られている割には、その発生メカニズムについての科学的な説明は見当たりません。界面活性作用をもたらす有機物は何なのか?その由来はどこなのか?発生の気象条件は?マイクロレイヤーとの共通性は?などなど、色々疑問が湧いてきます。広島大学の岩本先生の研究によると、「波の花は海水と比べ少なくとも 100 倍から 300 倍の濃度の有機炭素を含み、それらは脂質や糖類によって構成される」とのことです。

昨年と一昨年は11月に行きましたが、今回は12月下旬から能登半島にある金沢大学環日本海域環境研究センターの臨海実験施設に1週間ほど滞在して、サンプリングをしてきました。最初の2日間は、幸か不幸か12月下旬とは思えない暖かい晴天となり「波の花」は皆無でしたが、3日目に待望?の荒天となり無事に「波の花」に遭遇することができました。これらの試料を使って、有機物の再分析を行うと同時に、rRNA遺伝子のアンプリコン解析により、有機物の由来になっている生物を特定する予定です。

 

波の花@曽々木海岸

                 波の花の顕微鏡写真(x400)

白鳳丸インド洋航海ーマイクロレイヤー

本航海では、北緯5度と南緯5度の2つの観測点でマイクロレイヤー観測を行いました。海表面マイクロレイヤー観測には、波のないフラットな状態の海面、「スリック」と呼ばれる状態が必要です。無風状態がベストですが、経験的に風速6mを下回るコンディションになるとこうした状態が見られるとされています。風が弱い時期とはいえ、なかなかマイクロレイヤー向きのコンディションになることは少なく、何度か観測をスキップしてようやく2回の観測ができました。専用のサンプラーで極表面の海水を集めるため、船からZodiacと呼ばれるボートを降ろしてのサンプリングです。大海の真ん中で波に揺られながらの数時間です。マイクロレイヤーの微生物叢を調べるほか、採取した水をバブリングして、人工的に海泡エアロゾルを生成させる実験も行いました。海水、マイクロレイヤー、海泡エアロゾル、大気、それぞれの微生物叢を比較することにより、海洋微生物がダイナミックに海洋ー大気間を移動する様子が見えるのではと期待しています。

Zodiacを船から降ろしてサンプリングに出発

 

白鳳丸インド洋航海ー大気サンプルが……

本航海では昨年の太平洋航海に引き続いて、海水に加えてマイクロレイヤーと大気観測が大きな目的でした。広島大学の岩本洋子先生(大気化学)との共同研究です。大気観測では、アッパーデッキに大気のサンプラーを設置して、フィルターを毎日交換しながら微生物分析用の試料を集めたのですが、フィルター試料があまりに黒いのにびっくり!昨年の太平洋亜熱帯航海では、フィルターはほぼ真っ白だったのに、あまりの違いに唖然…..。同時に測定していたオゾン濃度(大気汚染の指標)も東京都心部並みの値とのこと。観測時の気塊がどこから来ていたのかをモデル計算する後方流跡線解析によると、北からの風に乗って陸地からのエアロゾルが大量に運ばれてきていたようです。土壌細菌とか、カビとか、花粉とか、陸由来のものが大量に検出されるに違いない。海風になる夏場は大丈夫なのかもしれないが、しかしインド洋の大気って……… ちなみに風向が変わる南半球に入ったらフィルターは白くなりました。大気微生物叢の方もかなりドラスティックな変動が見られそうです。

大気のフィルターサンプル
アッパーデッキの大気サンプラー

白鳳丸インド洋航海ーベンガル湾

白鳳丸でインド洋に行ってきました!

11/6にプーケットを出港して、インド洋ベンガル湾の中央部から、東経88度線に沿って南下し南緯20度までおよそ5度毎に観測して、12/3にジャカルタに入港しました。航海中にブログ更新したかったのですが、結局帰ってからに。

私にとっては初めてのインド洋でしたが、太平洋とは全然違うなあというのが多くの乗船研究者と共に抱いた感想でした。11月は、ちょうど夏から冬へのモンスーンの変り目に当たる時期で、風も比較的弱い日が多く、快適な航海でした。おかげで、予定した点を全て観測することができました。観測を開始したベンガル湾の中央部では表層に低塩分水が広がっており、巨大河川(ガンジスーブラマプトラーメグナ水系)の影響を強く受けていることが伺われました。表層のクロロフィル濃度はそれほど高くないにも関わらず、中層には強い貧酸素水塊が見られたことから、河川からかなりの有機物が供給されているのではないかと思います。こうした表層の低塩分水や中層の貧酸素水塊は、赤道付近までに見られなくなり、赤道を超えて南半球に入ると、いわゆる熱帯・亜熱帯の外洋域らしい様相となっていました。ということで、今回の南北トランセクトの微生物多様性や群集構造パターンは、かなりドラスティックかつわかりやすい変化が見えるのではないかと期待しています。太平洋との比較解析が楽しみです。また、アラビア海の貧酸素水塊は良く研究されていますが、ベンガル湾の方は報告が少ないので、こちらもどんな微生物叢が見られるのか楽しみです。

CTD-CMSによる採水
プランクトンネット
船内実験室
タグボートでジャカルタ入港
白鳳丸夜景@ジャカルタ港

 

海表面マイクロ層に生息するアンモニア酸化古細菌の初報告

特任研究員のWong さんが主著の論文“Ammonia oxidizers in the sea-surface microlayer of a coastal marine inlet”がPLoS Oneでオンライン出版されました。

神奈川県三浦半島にある臨海実験施設で行った海表面マイクロレイヤー(SML: sea surface microlayer)研究の成果です。アンモニア酸化反応は、海洋における栄養塩再生に欠かせない重要な反応で、海洋ではThaumarchaeota門の古細菌がその役割の大部分を担っています。海水中ではその分布が良く調べられていますが、SMLにおける分布は不明でした。本研究ではアンモニア酸化遺伝子(amoA)を指標にして、SMLに分布するアンモニア酸化古細菌の数や種類を初めて明らかにしています。直下の海水に比べて、数は少ないものの海水中とは明らかに異なる群集組成となっており、アンモニア酸化古細菌にとってもSMLが特異な生息環境であることが伺われます。