波の花サンプリング in 2020

かいめい航海から戻って息つく間もなく、暖かい小笠原から大雪の能登へと今年も行ってきました。日本海側は前週から大雪で、到着した日も吹雪。飛行機も視界不良で着陸できるかもわからないような天気でしたが、翌日からはすっかり穏やかな天気。波の花が発生する気配は全くありません。代わりに海水や海藻などをサンプリングしながら待つこと2日間、その間に体験活動施設「のと海洋ふれあいセンター」を訪問。センターは、九十九湾をはさんで臨海実験施設の向かいにあり、奇しくも職員のお一人は広大時代の研究室OBということで、施設を案内していただき波の花の発生状況なども色々と教えていただきました。ようやく3日目になって、強い南風のおかげで波の花のサンプリングができました。

穏やかな天気
RNA分析サンプルをその場で濾過
実験室でサンプル処理
のと海洋ふれあいセンター
今年の波の花

「かいめい」航海

初めて「かいめい」に乗船しました。11/25に横須賀のJAMSTEC岸壁を出港して、西小笠原海域で2週間ほど調査をして、12/12に父島で下船しました。コロナ流行のためにしばらくはすべての航海が中止されていましたが、夏以降から少しずつ再開されましたので本航海も予定通り乗船することができました。もちろん、乗船前には全員がPCR検査で陰性を確認して、船内でもマスク着用での作業となりました。

本船は、4年前に就航した海底探査を主目的とする最新鋭の研究調査船で、予てから乗船してみたいと思っていましたが、そもそも海底に関する研究をやっていないこともあってなかなか乗船の機会がありませんでした。今回は、深海底の海洋保護区をテーマとする環境省主導のプロジェクトが今年から開始され、そのための調査ということで乗船の機会を得ることができました。主役は、深海底の魚やエビ、サンゴ、海綿といった大型生物ですが、私たちは深海底の堆積物や水を対象としたメタゲノム解析を担当します

この航海では、私がいつも参加している航海とは違って、無人潜水艇などを使った海底の直接観察にほとんどの時間を費やしましたので、とても新鮮かつ得難い経験でした。本航海では手法開発のための様々なテストに加えて、どんな生物がどこにいるのかを調べる生物マッピングのミッションもありましたので、大学や博物館などから生物分類群ごとの専門家が乗船していました。彼らが、潜水艇から送られてくる映像をリアルタイムで見ながら生物種を特定し、珍しい種があればロボットアームや掃除機のようスラープガンで採集するといった作業が毎日のように繰り返されました。生物学における直接観察の楽しさと重要性を改めて感じた航海でした。

父島では土曜日に下船して、火曜日に出港する「おがさわら丸」で東京に戻りました。

マルチプルコアラーサンプル

無人潜水艇

36本掛けCTD採水器
いつもの濾過作業
第三研究室

「かいめい」と「おがさわら丸」

寿命1万年の有機物の起源

後藤周史博士(特任研究員)の前所属での研究成果がFrontiers in Microbiology誌からリリースされました。

Goto, Shuji, et al. “Evaluation of the production of dissolved organic matter by three marine bacterial strains.” Frontiers in Microbiology 11 (2020): 2553.

海洋中には、大気中の二酸化炭素総量に匹敵する溶存有機物(DOM)が溶け込んでおり、地球規模の炭素循環において重要な役割を果たしています。DOMは、放射性炭素年代の測定結果から、驚くべきことにその平均寿命は約2000〜6000年と推定されており、その90%以上が寿命約15000年と推定される難分解性画分であると考えられています。こうした難分解性DOM(RDOM)の動態は、比較的長い時間スケールでの地球規模の炭素循環を考える上で極めて重要ですが、その起源や生成メカニズムは十分に理解できていません。

この論文は、海洋に長期貯蔵される難分解性DOMの細菌による生成を、海洋細菌単離株の培養実験により定量的に評価した研究です。この研究で使用した細菌株は、Alteromonas macleodiiVibrio splendidus, and Phaeobacter gallaeciensisという海洋で一般的にみられる細菌株で、特に沿岸域で活発に増殖がみられる種です。海水にグルコースと無機態窒素、リンを加えて、これらの細菌が増殖する過程を1〜3週間モニターし、難分解性有機物の生成量や生成パターンを比較しています。その結果、炭素換算のDOM生成効率が高い細菌が存在する事、難分解性だと考えられる腐植様FDOMは幅広い細菌により生成される事、対数増殖期よりも定常期でより効率的に腐植様FDOMを生成する事が明らかになりました。

これまでの研究から、細菌がグルコースのような単純な物質を利用する過程で、難分解性の有機物が生成されることは知られており、今回の研究でもこれを支持する結果となりました。今回はこれに加えて、細菌種の違いにより、難分解性DOMの生成量が大きく変動することがわかりました。このことは、実際の環境中での細菌種組成の違いや環境条件の違いが難分解性DOMの生成量に影響することを示唆しています。

今後はそうした違いがどのようなメカニズムによって生じているのか、これらの細菌の代謝ポテンシャルの違いや、生成される有機物の化学種の特定に踏み込んだ研究に展開していくととても面白いですね。

磯の香りと微生物 〜三陸沖で硫化ジメチルを生成する細菌の動態を解明

今週月曜日(7月13日)、元特任研究員の崔英順博士による硫化ジメチル(DMS)生成細菌に関する論文がFrontiers in Microbiology誌でオンラインリリースされました。太平洋外洋域での研究(Cui et al. 2015)三陸沖での研究(Nagao et al. 2018)に続く、DMS関連研究の第三弾です(三陸沖での研究については、以前のブログもどうぞ)。メソコズム実験とフィールド調査を合わせた共著者16名による大作で、最後はネットワーク解析まで駆使してまとめた苦心の作です。メソコズム実験が2010年、フィールド調査が2013-14年ですから、ようやく形にできてとても嬉しいですし、面白い論文になりました。メソコズム実験では、先日相模湾で25年ぶりに見られた円石藻のブルームを人為的に発生させて、珪藻ブルームと比較するという面白い実験をやっていますし、フィールド調査では親潮系水と津軽暖流系水の違いがDMS生成細菌の動態に綺麗にリンクしているデータが示されています。より詳しい研究の内容については、研究所の研究トピックで紹介しています。

Cui, Y., Wong, S. K., Kaneko, R., Mouri, A., Tada, Y., Nagao, I., … & Hamasaki, K. (2020). Distribution of dimethylsulfoniopropionate degradation genes reflects strong water current dependencies in the Sanriku coastal region in Japan: from mesocosm to field study. Frontiers in Microbiology11, 1372.

        バクテリアによるDMSP代謝経路と雲生成への影響

メソコズム実験:200Lタンク4基を屋外水槽に入れて温度を一定に保つ(右)数日後に植物プランクトンが大増殖し緑色に変化したタンク内の海水(左)

DMSP代謝関連遺伝子と環境要因の相関ネットワーク図:機能遺伝子単位でのまとまりが見られる。実線は正相関、破線は負相関を示す。水温と正相関を示すdmdA遺伝子群は津軽暖流の影響を強く受けており、水温や塩分と負相関でクロロフィル濃度と正相関を示すdddDとdddP遺伝子は親潮の影響を受けていると考えられる

 

相模湾で25年ぶりの白潮現象

5月初旬から相模湾で円石藻のブルーム(大増殖)が発生しています。葉山や江ノ島の海がエメラルドグリーンになっているということで、みんな不思議に思っていたようです。横浜国立大学臨海環境センターの下出先生のグループが調査をされて、Gephyrocapsa oceanicaという種類の円石藻ブルームで間違いなさそうとのことです。日本周辺海域のプランクトンブルームとしてはとても珍しい現象なのですが、本格調査ができないのが非常に残念です。

円石藻はその名前の通り、細胞の周りに円盤状の殻を持っている植物プランクトンです。この円盤が貝殻と同じ炭酸カルシウムでできているので、大量に増えると海に白いチョークを流したような状態になります。ちょうど白砂のビーチと同じような反射具合となって、海全体が少し濁った青緑色になります。大規模なブルームになると、宇宙からも海の色が変わっているのが見えます。殻の重みで深層に沈降しやすいことから、海の二酸化炭素吸収に重要なプランクトンとされており、硫化ジメチルという有機硫黄ガスの発生源になることで大気プロセスにも影響を及ぼすことが知られています。また、ドーバー海峡のWhite Cliffsは太古の昔に円石藻の殻が海に積もってできたものです。

教科書的な知識で、大西洋やベーリング海での大規模ブルームの発生は知っていましたが、日本沿岸域での発生は聞いたことがありませんでした。調べてみると、19955月に東京湾から相模湾にかけて大規模なブルームが発生したことが報告されていますし、2000年代には博多湾で繰り返し発生したと報告されています。横国の臨海環境センターでは、1995年から現在まで相模湾真鶴半島沖で月例の定点調査が行われていますが、今回のような円石藻ブルームが観測されたことはありませんので、実に25年ぶりの珍しい現象ということになります。

5月20日 国府津沖の海色変化

Japanese Marine Life – A Practical Training Guide in Marine Biology

先日、スプリンガー・ネイチャー社から表題の本が刊行されました。筑波大学下田臨海実験センターの稲葉先生らによる編集で、留学生向けの臨海実習の教科書として企画されたものです。本書の中のコラムの一つとして、Marine Microbesと題する小文を書かせていただきました。Overview, Roles in marine ecosystems, Diversity, Metagenomics, Microbiomeといったサブタイトルで、海洋微生物研究の現状を紹介しました。本書を利用する実習生が微生物に目を向けるきっかけになればいいなと思います。

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白鳳丸が世界一周航海から帰港

白鳳丸が5ヶ月ぶりに東京に帰ってきました。私たちの研究チームが採取した大量の微生物分析用のサンプルも戻ってきましたので、これから解析が始まります。4ヶ月を超える全レグ乗船の強者2名のおかげもあり、これまでほとんど調査例がない、南太平洋東部のサンプルに加えて、南大洋の大西洋セクターからインド洋セクターまで、今回のほぼ全航路に沿ったを海域を網羅する表層海水と大気サンプルからどんなデータが出てくるのか楽しみです。

退職のお祝い2 研究における先生の役割

現在は無くなってしまいましたが、当時は研究所の桟橋横の芝生広場に「スナックロポリス」というバーガー屋さんがあり、そこでランチを食べながら、あるいはコーヒーを飲みながらアザム先生とよく研究の話をしました。今やってる研究について、得られた結果の記述ではなく、ポイントを伝えることをいつも求められたのを今でも覚えています。研究をはじめて間もなく、最初に研究の話をしようとなった時に「どんな結果が出てる?」と聞かれ、「じゃあノート取ってきます」と答えたら、「ノートはいらないからポイントだけ言ってみて」みたいなことを言われ、虚を突かれた気持ちがしました。ノートが必要ということは、結果の意味について常に考えていないということなんだと気がつき、それ以降はいつも手ぶらで議論しました。

アザム先生からは、研究内容について次はこうすべきなどという話は一切ありません。結果の解釈、考え方、さらなる展開へのアイデアなど、思いつくままに1時間でも2時間でも議論します。しばしば発散気味になりますが、一方で新しいアイデアやモチベーションが湧いてきてかなり楽しい時間でした。「僕は、言いたいこと言って色々アイデアは示すけど、採用するかしないかは君次第だから」と言われたことを良く覚えています。今回の退職祝いのミーティングでは、いろんなOBからいろんな昔話が出てきましたが、アザム研究室あるいはアザム先生の特徴って何?みたいな話になった際には、みんなが同じようなことを言っていたのがとても印象的でした。

 

退職のお祝い1 研究留学はプライスレス

微生物ループの名付け親であるアザム先生が退職されると聞き、サンディエゴで開催されたOcean Science Meetingの後、スクリプス海洋研究所に行ってきました。今回の訪問の目的は、かつて研究留学でお世話になったアザム先生の退職を祝うミーティングに参加するためでした。

スクリプス海洋研究所は、サンディエゴのダウンタウンから海岸沿いに車で30分ほど行ったラホヤという街にあります。この街は古くからの別荘地で、太平洋に面した風光明媚な土地ですが、カリフォルニア大学サンディエゴ校を中心に、スクリプス研究所、ソーク研究所、バーナム研究所といった生物医学系の超一流の研究所や、米国大気海洋局の研究所、民間バイオテック企業などが集積する研究都市でもあります。

ミーティングは、大学院生時代にチミジン法を考案したフアマン博士の呼びかけで、各地からアザム研究室のOBが集まりました。朝から講堂に集合し、コーヒーとドーナツ片手に、シニア研究者から昔話とエピソード、そのあと研究所内のゲストハウスで地中海料理のランチビュッフェ、再び講堂に戻ってエピソードトークの続き。最後は再びゲストハウスで地ビールやワインを飲みながら昔話でワイワイ盛り上がりました。

私は2000年~2002年の2年間滞在して、BrdU法による海洋細菌の細胞レベルでの増殖測定の研究を行いました。アザム先生の知名度とオープンな人柄のせいもあり、当時の研究室にはすこぶる優秀な大学院生やポスドクに加えて、短期滞在などで国内外から様々な研究者が集まってきていました。当時のメンバーの多くは、今やそれぞれの研究グループを率いて活躍しています。こうした研究者との知己を得られたことが、アザム研究室に留学して得られたもっとも大きな財産です。彼らが面白い研究を発表しているのを見ると、こちらももっと面白い研究をしようという気持ちになります。

今回聞いたチミジン法に関するエピソードを一つ。1970年代後半、アザム先生と当時学生だったフアマン博士は、チミジン法による海水中の細菌群集の増殖速度測定を行い、その結果をある国際会議に持って行きました。同じ時期に、スウェーデンのハグストロム博士は、FDC法という顕微鏡下で分裂直後と思われる細胞を識別して、その出現頻度から全体の増殖速度を推定する方法を考案していました。アザム先生、フアマン博士、ハグストロム博士はお互いの結果が、同じような値であることを知り、自分の測定が間違っていないことを確信できたそうです。

朝から講堂に集合

同時代のラボ仲間によるエピソードトーク

研究所の桟橋「Scripps Pier」

 

 

eLightningセッション

Ocean Science Meetingで面白かったのは、今回初の試みという「eLightningセッション」という発表形式です。ポスター会場の一角に設けられたスクリーンと客席を使って、10名ほどの登壇者が5分の持ち時間で順番に研究内容を発表し、最後に10分ほどの質問とディスカッションの時間があります。それが終わると、客席の後方のテーブルに並ぶ10台ほどのPCモニターを使って発表者と聴衆が個別にディスカッションを行うというものです。これまでも、小規模な学会ではポスター発表の内容を口頭で1分紹介するような形式はありましたが、eLightningはより口頭発表に近い印象でした。セッションの発表内容を短時間にレビューして、興味のある発表にはさらに質問できるので、口頭とポスターの良いとこどりしたシステムと言えそうです。

eLightningセッションの会場

発表後のモニターディスカッション