OceanDNAテック 2023

11月1日(水)

海洋巨大ウイルスの生態と進化 (13:45-14:15)

緒方 博之

緒方 博之
京都大学 化学研究所 教授
専門分野:バイオインフォマティクス、微生物生態進化学
ウイルスは微生物群集動態、物質循環、進化に大きな影響を及ぼす生物学的存在である。中でも巨大ウイルスは、一部の細胞性生物と同程度のゲノム複雑性をもつ大型のウイルスである。彼らは、多様な真核微生物を宿主として、その進化上の謎から近年多くの研究者の注目を集めている。我々は、Tara Oceansなどの海洋探査により得られた大規模海洋メタゲノムデータの解析を通して、海洋巨大ウイルスの頻度、活性、多様性、地理分布、物質循環における役割を研究してきた。本公演では、メタゲノムデータから新たに発見された「門」レベルの巨大ウイルス群(ミルスウイルス門)について紹介する。その後、巨大ウイルスの多様なゲノムがどのような進化過程で生じたのか、ウイルス間の遺伝子水平伝播と、遺伝子組成改変を伴う適応過程(「ゲノム適応」)を中心に、最近の研究成果を紹介する。

OceanDNA MAGカタログ (14:15-14:45)

吉澤 晋

吉澤 晋
東京大学 大気海洋研究所
新領域創成科学研究科 准教授
専門分野:微生物生態学、海洋微生物学


西村 陽介
国立研究開発法人 海洋研究開発機構 特任研究員
生命誕生以降、微生物の活動は地球環境に大きな影響を与えてきた。また、現在も地球規模の物質循環において微生物は重要な役割を果たしていることが知られている。特に、地球の表面積の70%を占める海洋には10の30乗と推定されるおびただしい数の微生物が生息しており、海洋生態系の理解には微生物の多様性やその生態を知ることは必要不可欠である。一方で、海洋微生物は極めて難培養であるため、多様性や生態の理解には培養を介さないメタゲノムなどの手法が威力を発揮する。近年、配列解析の技術革新とコスト低下によって、大規模なメタゲノムデータが公共データベース上に蓄積されているが、配列情報を「読み解く」ことは容易ではない。データを読み解くための方法論として、メタゲノムデータから個々の微生物ゲノム(MAG)を解読する手法が開発されているが、MAGに別の生物由来のコンティグが混入することがあり、MAGの品質向上が技術的な課題となっている。本研究では、メタゲノムデータからMAGを解読する手法を新たに開発し、大規模海洋メタゲノムデータに適応することで52,325個の高品質なMAGを得ることに成功し「OceanDNA MAGカタログ」として公開した。

大気海洋境界領域の微生物動態解析 (14:45-15:15)

濵﨑 恒二

濵﨑 恒二
東京大学 大気海洋研究所 教授
専門分野:微生物海洋学
海洋を含む環境中に生息する微生物の大部分は培養が困難なため、環境微生物を研究するためには培養に依存しない手法が必要です。環境サンプルから微生物細胞を直接回収して得られるDNA配列情報は、微生物種や群集の動態を調べるために利用されています。大気と海洋間の生物化学的な相互作用を考える上で重要とされている海表面マイクロ層や、そこから生成するエアロゾルに含まれる微生物群集の動態、それらの微生物活動がエアロゾルの物理化学的性質に及ぼす影響については、十分に理解が進んでいません。本講演では、海水やエアロゾルサンプルのDNA配列情報を解析することで、海表面マイクロ層やエアロゾルの微生物群集動態を明らかにしようとする研究についてご紹介します。

動物プランクトンの分子生態学のこれまでと今後 (15:30-16:00)

平井 惇也

平井 惇也
東京大学 大気海洋研究所 助教
専門分野:動物プランクトンの分子生態学
動物プランクトンは海洋食物網の低次から高次栄養段階をつなぐ重要生物であり、海洋環境の変化に迅速に応答するため、海洋生態系の変化を捉える指標生物としても利用されている。そのため、動物プランクトンの群集構造、多様性、各種の生態に関わる多くの知見が蓄積されてきたが、これらは多大な労力を要し、高度な技能も要求される顕微鏡下の観察や飼育実験に基づくものがほとんどであった。近年、次世代シークエンサーを含めた分子生物学的手法の発展は目覚ましく、海洋でも微生物や魚類の生態学的研究における強力なツールとして利用されているが、顕微鏡観察を中心とする動物プランクトンでは分子生物学的手法の導入が遅れているのが現状である。そこで本公演ではDNAおよびRNA情報を用いた‘動物プランクトンの分子生態学’のこれまでを概説し、近年行った多様性、生物間相互作用、生理状態把握等の研究例を紹介する。また、動物プランクトンの分子生態学における現状の課題や、技術の発展に伴う将来的な展望についても言及する。

黒潮の環境DNAから青魚の分布特性を探る (16:00-16:30)

伊藤 進一

伊藤 進一
東京大学 大気海洋研究所 教授
専門分野:海洋物理学・水産海洋学
マイワシ、カタクチイワシ、マサバ、ゴマサバ、マアジ、サンマなどの小型浮魚類は、多獲性の有用水産資源であるとともに、低次栄養段階と高次栄養段階を繋ぐ生態系鍵種でもある。小型浮魚類は各海域で、気候変動に応答して主体となる魚種が入れ替わる魚種交替現象を示すが、そのメカニズムは未解明な部分が多く残されている。その一つに種間競合があるが、小型浮魚類の分布の重複などに関する研究でさえもこれまで限定的であった。そこで、上記の小型浮魚類6種を同時に定量分析できるmultiplex real time PCR法(Wong et al.,2022)を利用して、黒潮周辺海域における小型浮魚類の分布を調査し、小型浮魚類の分布特性を調べた。解析結果からは、マイワシ、カタクチイワシは、外温動物の特性に従い、水温に強く依存した分布を示す一方、マサバ、ゴマサバは、水温よりもカタクチイワシに強く依存した分布を示した。マサバ、ゴマサバは成長とともに魚食性が増し、カタクチイワシを主餌料としていることから、さば類は餌料が得られる海域に分布を集中させることが推察された。

11月2日(木)

環境DNA自動分析装置開発の現状と展望 (10:00-10:30)

福場 辰洋

福場 辰洋
国立研究開発法人海洋研究開発機構 主任研究員
専門分野:海中計測学 マイクロ流路システム
効率的な海洋環境DNA分析を目的とし、低コストでありながら経時的サンプルの自動採取が可能で、拡張性・汎用性が高い「eDNAサンプラー」の開発を進めてきている。現在までに、12サンプルを自動採取できる装置の開発と実海域試験を行ってきた。また今後は、市販化等によってeDNAサンプラーの実用化を加速する予定である。ここでは、自動遺伝子抽出機能や遺伝子検出機能の集積化の現状とあわせて紹介する。

環境DNAメタバーコーディングMiFish法の最新情報 (13:30-14:00)

宮 正樹

宮 正樹
千葉県立中央博物館 主任上席研究員
専門分野:分子系統学・分子生態学
MiFishプライマーを用いた魚類環境DNAメタバーコーディング法 (多種同時並列検出法) の概要が2015年に発表された (Miya et al. 2015)。それ以来,本手法 (MiFish法) は世界中の水界生態系で魚類群集の網羅的検出に用いられるようになり,論文の通算被引用件数は8月末現在で882件に達するとともに,MiFish法を用いた実証的研究も140件を超えた。MiFish法は,水中 (もしくは堆積物) の微量な魚類由来の環境DNA (大型生物の体外に放出されたDNA) 断片をPCRで増幅し,断片の両端に各種のアダプター配列を付加することにより,大量サンプルの超並列シークエンスを可能にしたものである。MiFish法の登場により,魚類群集調査を少人数で短期間に,しかも多地点で継続的に実施することが可能になり,これまで捉えることができなかった魚類群集の時空間変動が明らかになってきた。本発表では,MiFish法で明らかになってきた魚類群集の時空間変動に焦点を当て,最新の研究成果を紹介する。さらに,MiFish法を用いたさまざまな応用研究についても紹介する。

魚類環境DNA解析の新手法とデータベース:HaCeD-Seq, MitoSearch (14:00-14:30)

吉武 和敏

吉武 和敏
東京大学 農学生命科学研究科 助教
専門分野:ゲノム、データベース
漁獲や目視等の伝統的手法に依存しない環境DNAを用いた資源量推定手法が注目を浴びている。ミトコンドリア上の保存性の高い12S rRNA領域を増幅するMiFishプライマーは魚類環境DNA研究の標準的な手法として広まりつつあり、既に1万件近いデータが公開されている。私たちは公共データベースに登録されているMiFishのシーケンスデータを解析し、世界地図上に表示する世界初の環境DNAデータベースMitoSearchを開発した。MitoSearchデータベースにより、例えば東京湾にサワラが回遊してくる時期が確認できたり、コノシロ、スズキ、マサバといった魚種の産卵時期が見える可能性などが分かってきた。個体ごとに異なる配列をもつD-loop領域を用いることで、環境DNAから個体数を推定する手法HaCeD-Seq (Haplotype Count from eDNA by Sequencing)法の開発状況についても紹介したい。

Fish Environmental RNA (14:30-15:00)

Marty Kwok-Shing Wong (黄 國成)

Marty Kwok-Shing Wong (黄 國成)
Atmosphere and Ocean Research Institute, the University of Tokyo. Assistant Professor
専門分野:Environmental DNA, Ecophysiology
While environmental DNA (eDNA) has been established as a staple to study the presence of species in the ocean, there is a growing interest on the use of environmental RNA (eRNA) to understand the functions of the organisms. For micro-organisms and planktons, the whole body could be filtered and extracted from the water sample, thus the meaning of eRNA in these organisms are whole body functions. However, fish RNA is tissue specific and the fish eRNA in water is mostly related to the mucus secretion from skin, gill, and intestine. Under specific scenario such as spawning, however, the fish eRNA could be enriched by the gamete releases and gonadal secretions. Our group aims to establish extraction and detection methods for eRNA to study scenario-based phenomena in model organisms, and further extrapolate the use of these eRNA markers for the study of fish functions in the ocean (e.g. identification of spawning sites of small pelagic fishes). Our group use an ecophysiology approach by combining physiological knowledges with the meanings of environmental molecules to obtain the most information from a bucket of water.

ANEMONE: Japan's inclusive network for eDNA-based biodiversity monitoring (15:15-15:45)

近藤 倫生

近藤 倫生
東北大学 大学院生命科学研究科 教授
専門分野:集団生態学、環境DNA観測網の社会実装
環境DNAを利用した生物多様性調査の最大の特徴の一つは、多地点あるいは高頻度での生態系情報獲得が可能となることにある。生態系は巨大な複雑系であり、その持続的利用や科学的理解の実現には、この複雑性に見合ったデータ取得が鍵となる。広域での環境DNA観測やそこから得られる大規模生物多様性データの活用可能性を探るべく設立されたのが「ANEMONE(All Nippon eDNA Monitoring Network)」である。ANEMONEは、環境DNAメタバーコーディングに基づく全国規模の生物多様性観測網である。ANEMONEの最大の特徴は分業体制によって支えられたオープンサイエンスアプローチにある。現在、全国の大学や国立研究機関、地方自治体の参加する77の固定観測点が稼働するほか、多様な地域コミュニティーや企業、地方自治体等がANEMONEの環境DNA調査に貢献している。獲得データは、メタバーコードデータのハイスループット解析パイプラインであるClaidentによって分類群が特定され、専用データベースANEMONE DBにおいて無料で一般公開され、ANEMONEの公共性を高めている。2022年にはネイチャーポジティブに向けたデータ活用と自立的観測体制を実現すべく産官学民の連携したANEMONEコンソーシアムが設立され、環境DNA技術の社会実装を目指している。

太平洋沿岸海域における環境DNA技術を用いた生物多様性モニタリングの市民科学ネットワークの構築 (15:45-16:15)

峰岸 有紀

峰岸 有紀
東京大学 大気海洋研究 准教授
専門分野:分子生態学
2023年4月に政府間海洋学委員会(IOC: Intergovernmental Oceanographic Commission)の地域小委員会であるIOC西太平洋地域小委員会(IOC-WESTPAC:IOC Sub-Commission for Western Pacific)において、市民科学を通じて、一般市民の地域の海洋環境および生物多様性に対する理解の深化に資することを目的としたワーキンググループを立ち上げた。ここでは、環境DNA分析技術を用いた生物多様性モニタリングを通じた自治体や学校、市民団体等の地域との連携による市民科学の推進を計画している。本講演では、研究開発に止まらない環境DNA技術の可能性として、本ワーキンググループについて紹介する。


趣旨説明・司会進行

濵﨑 恒二

濵﨑 恒二
東京大学 大気海洋研究所 教授
専門分野:微生物海洋学
本イベントは、環境中での生物動態をモニタリングするツールとして急速に発展しつつある環境DNA/RNA(environmental D/RNA: eNA) 解析について、その技術的な側面に焦点を当て、企業、行政、学術等の多様な業界の皆さまと広く情報交換することを目的としています。昨年、一昨年の同イベントでご紹介した自動装置関連技術の進捗と実機展示に加え、最新の基礎研究から社会実装に向けた動きまで含めて、eNA解析技術の現状や将来展望について考える一助となれば幸いです。